JUST FOR TODAY

今日の恵みを忘れないために

受け継がれるもの 創世記26章

わが家には三人の息子がいるが、
その子らの性格や行動パターンはびっくりするくらい
親のどちらかの性質を受け継いでいることに気付く。

玄関に脱ぎ捨ててある靴は必ずパパかK平。
外出しても、やたら早く帰りたがるのは私かU之助。
もちろん長所もいろいろあるけどね。

今朝読んだみことばでも、イサクの行動が
その父アブラハムにそっくりなのにびっくり。

ゲラルに住んでいるとき、土地の人たちを恐れて
自分の妻を「私の妹です」と言ったこと。
アブラハムは同じ事を二回(創12、20章)やってる。

それと、井戸のことでいちゃもんをつけられたとき、
事を荒立てず争いを避けて引き下がったのも父と同じ。
アブラハムは相手が目下の甥ロトであっても譲歩した(創13章)。

もちろん父アブラハムのそれらの行動は、
イサクが生まれる前の出来事なので彼は見ていないはずなのに。

子は親のいろんなものをよしにつけ悪しきにつけ受け継ぐものだ。
けれど、イサクがアブラハムから受け継いだ最も尊いものは
神様への信仰、礼拝、祈りだろう。

イサクはそこに祭壇を築き、主の御名によって祈った(26:25)

イサクは父アブラハムの信仰のゆえに祝福と繁栄の約束も継承しているが、
この信仰の姿勢と生活こそ、父がイサクに与えたもっともすばらしい財産だ。

彼(アブラハム)は主のため、そこに祭壇を築き、主の御名によって祈った(12:8)。

そこは彼が以前に築いた祭壇の場所である。
その所でアブラムは、主の御名によって祈った(13:4)。

そこでアブラムは天幕を移して…マムレの樫の木のそばに来て住んだ。
そして、そこに主のために祭壇を築いた(13:18)。

アブラハムはまだ、主の前に立っていた(18:22)。

アブラハムはベエル・シェバに一本の柳の木を植え、
その所で永遠の神、主の御名によって祈った(21:33)。

二人は神がアブラハムに告げられた場所に着き、
アブラハムはその所に祭壇を築いた(22:9)。

子どもが私たち親の、自分でもイヤになるような弱い部分を
そっくりそのまま受け継いでしまってたとしても、
そんな自分を愛し、立たせ、用いてくださる主を信頼して
生きることを伝えられたら、それで十分だ。

子どもに何を残してやることはできなくても、
彼らの人生は主ご自身が祝福してくださると信じて、
あと少し(?でもないなぁ…)の子育てをがんばろう。


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